薄花色の休み時間

美術館とか、本とか、映画とか。愛しているものたちについて。

「少女革命ウテナ」に何度でも救われる

 10年ぶりくらいに全部観て感動して勢いで書く。

今後もきっと観るだろうし、カラオケで歌うだろうし、救われるのだろう。

 

少女革命ウテナ」について語る前に、まずは「お姫様」と「王子様」のジェンダーの話からしたいと思う。

 この新書における主張は、おおまかに下記のようなことである。

 

シンデレラや白雪姫に代表される「お姫様」像は、その美しさと従順さで「王子様」に見初められ、結婚することを「至上かつ唯一の幸せ」とするものである。幼い頃からそのような物語を見聞きし憧れて育つ女性たちは、知らず知らずのうちに「美しく従順でいれば王子様が自分を救ってくれる」という価値観に染まっていくようになる。

逆に自分の力で困難を打破したり、自分なりの幸せを探し・掴むこと、例えば男性以上に学力が高かったり、仕事の能力が高いと「女性らしくない」と言われてしまうのだ。なぜなら「美しく従順で言うことを聞く」方が男性にとって都合が良いからである。

しかし、現代は男女平等参画社会である。勿論、深く根付いた家父長制の価値観を変えることは男女ともに簡単ではない。だが男性にとっても「男らしさ」に縛られない世の中はそこまで悪いものでもないだろう。女性は「お姫様」に縛られず自由な生き方を模索していくべきである。

 

(この新書が出版されたのは2003年なので、改めて読むと結構アラも見えるのだが、初歩の初歩としては掴みやすいと思う。)

 

 

少女革命ウテナ」では、姫宮アンシーがある種典型的な「お姫様」像を演じている。

自分で王子様を選ぶ訳ではなく、その時々の決闘の勝利者と自動的にエンゲージし「薔薇の花嫁」となる。決闘の勝利者はアンシーの「王子様」として振る舞える権利を得るのである。西園寺とエンゲージしていた際に、暴力を振るわれても黙っているように、基本的に受け身で従順であり、男性にとっては都合の良い「お姫様」である。

そしてアンシーがいつも薔薇に水をやっている温室は鳥かごの形をしており、文字どおり「籠の中の鳥」であることを示唆している。

 

「王子様になりたい」と憧れる天上ウテナはひょんな事からこの決闘システムに巻き込まれる。天上ウテナはアンシーとは対照的で、男子よりも運動神経が良く、スカートは履かず、自ら戦い、それでいて「僕は女の子だ」と言える強さを持っている。「強い自分であること」と「女の子であること」を自分の中で両立できているのだ。

 

姫宮アンシーが典型的な「受け身なお姫様」だとすれば、ウテナは現代における「理想的な女性」だと言えるだろう。このままウテナがアンシーの「心優しき王子様」として幸せに暮らしました・・・となるかと思いきや、物語はそう簡単には進まない。

 

ウテナは自ら「王子様になりたい」と願うと同時に、幼い頃自分を救ってくれた「本当の王子様」に恋愛感情を抱いているという矛盾を抱えている。王子様とお姫様は二人で一つのペアの概念であるから、王子様だけでもお姫様だけでも成立し得ない。つまり、アンシーの前では「王子様」で居られるウテナも、「自分の王子様」の前では守られる「お姫様」になりたいという願望を持っているのである(アニメの冒頭に繰り返し出てくる回想シーンで幼いウテナはお姫様の格好をしている。)

 

この自己矛盾が最大の弱点となり、物語においてウテナは二度敗北する。一度目は桐生冬芽、二度目は鳳暁生である。冬芽は後に本当の王子様でないことがわかった為、自分を取り戻し勝利するが、暁生は夢見ていた本当の王子様であったため、従順に体を許し、心を許し、ついには薔薇の花嫁になってしまう。

それでもなんとか最後まで王子様になろうとあがくウテナであったが、結局お姫様としての自分を投げ打っても鳳暁生には勝てず(アンシーに裏切られ)、王子様としてアンシーを救い出すこともできず終わってしまう。

 

しかし、最終回を観ればアンシーはウテナに救われたことは自明であろう。決してこのアニメはバッドエンドなどではない。「王子様として」救うことはできなかったが「友達として」アンシーを救ったのである。

そして「友情」こそが、少女革命ウテナというアニメの「お姫様とジェンダー」問題に対する回答なのである。王子様・お姫様無き世界で人は、一方的に守ったり守られる関係ではなく、対等な友情関係が結ばれるという強いメッセージである。

 

蛇足になるが、例えウテナが暁生を打ち倒し王子様になったとしてもアンシーにとっては仕える「王子様」が変わるだけの話であっただろう。それなりに良い王子様になったかもしれないが「美しく従順で言うことを聞くお姫様」というアンシーのスタンスは変わらなかったに違いない。

 

「今度は私が行くから。どこにいても必ず見つけるから。待っててね、ウテナ」と 暁生(王子様)の支配する学園から踏み出す姿こそ「革命」なのである。

 

おわり。