薄花色の休み時間

美術館とか、本とか、映画とか。愛しているものたちについて。

コペルニクスの呼吸が本棚に眠っていた

本棚を整理していたら中村明日美子の「コペルニクスの呼吸」を見つけた。

新装版コペルニクスの呼吸1

新装版コペルニクスの呼吸1

 
新装版コペルニクスの呼吸2

新装版コペルニクスの呼吸2

 

初期の中村明日美子の絵は不安定で妖しくて美しい。

今の絵柄ももちろん好きだけど、この頃の表現はまたマニエリスムの彫刻を

思わせるような特別なものがある。

 

コペルニクスの呼吸」は物語の構成も美しい。

舞台は1970年代のフランス・パリ。名前を亡くしたクラウンの物語。

主人公の心と状況の変化とともに

名前と見た目が変わるというわかりやすい構図になっている。

 

物語を大きく時系列に起こすと以下のようになるだろう。

【過去】ミシェル(少年時代。弟が死ぬ前)

↓ 弟の事故死

【起】トリノス(クラウンとして働く)

↓ ミナの事故後、サーカスを離れる

【承】タケオ(オオナギに囲われる。髪はバッサリ切られる)

↓ オオナギの元を離れることを決意 

【転】タケオ(髪は伸び、もう一人のミシェルと暮らす)

↓ 団長との再会。物語全体の種明かし部分

【結】ミシェル(自分を取り戻しサーカスに戻る。団長を継ぐ)

 

こうやって捉えるだけでもだいぶ読みやすい話になると思う。

( 物語は「トリノス」としての主人公から始まるので、漫画はそこからの起承転結の構成である。)

 

『美しい』弟がブランコ乗りの途中で事故死したことによって、同時にミシェル自身もブランコ乗りとして死んでしまう。怖くて飛べなくなってしまった為だ。物語から推察するに15歳の頃だと思われる。

「自分のせいで死んでしまったのではないか」という罪悪感から、次第に弟こそが「ミシェル(天使)」だと妄執するようになる。

★弟の死をきっかけに、ブランコ乗りとしての自分と本当の名を失う

かくして名を亡くしてしまった(というより捨ててしまった)彼は「トリノス」という名でクラウンとして生計を立てている。18歳の頃。「ブランコ乗りとして本当に死んだのは自分だ」という気持ちと「弟はコペルニクスの星座になった」という思いが、弟の幽霊の姿で現れている。

★「ブランコ乗りとして復活する」ことが「名の回復」となるという構図

しかし、ミナの事故によって過去のトラウマに耐えられなくなり、サーカスを離れオオナギの元に身を寄せることとなる。それは即ち「ミシェル」を取り戻すことを諦め「タケオ」という名で生きるということだ。同時に弟の幽霊は出てこなくなる。

その後のレオとの交流によって次第に「サーカスに戻らなければ一生『ミシェル』には戻れない」ことを再確認する。

★一度は名の回復を諦め逃げ出すも、「ミシェル」と「ブランコ乗り」を諦めきれないタケオ

ここから3年後に移る。大体21歳の頃。オオナギの屋敷を飛び出したものの、サーカスも時代の煽りを受けて彼は雇ってもらえない。なのでやむなく「タケオ」を名乗り続けている、という状況。「トリノス」にすらなれない八方塞がりのところでココの弟のミシェルと再開する。

★「同じ名の『ミシェル』と恋仲になる」ことで「代替的に名を回復しようとする」タケオ

タケオは「ミシェル」と繋がることで一時的な安心感を得る。

 ↓

それでもやはり、サーカスを諦めきれないタケオは、夜な夜なサーカスを見にいってしまう。そこで過去の団長と再開する。

現実とは「弟はただの事故死でミシェル(天使)になどなって居ない」

★「弟の死を正しく受け止めること」で「名を回復する」

「僕というミシェルは必要ないんだね」 というもう一人のミシェルの言葉。つらい。

 

「飛べるようになったんだね」といっているがその後ミシェルが ブランコ乗りとして復活したわけではない。

まぁ、6年のブランクはやはり取り返しがつかなかったのだろうか。

 

ただそれはもはや大きな問題ではない。

「だってもう僕は怖くて飛べなかった」という過去のトラウマを払拭し、ミシェルという名を取り戻した以上「ミシェルから遠くなる」こともないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

あ〜〜〜〜、フランス、行きたいな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜