薄花色の休み時間

美術館とか、本とか、映画とか。愛しているものたちについて。

「それでも夜は明ける」とカフカ「変身」

 アカデミー作品賞も頷けた。 

それでも夜は明ける [Blu-ray]

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実話が元になっているので「興味深い」という言い方はふさわしくないかもしれないが、単純な「黒人差別」ではなく本来「自由国民である黒人」が、ある日突然アメリカ北部から南部へ拉致され、奴隷にされるという「ねじれ」のある設定は中々ないのではないだろうか。

 

ある日突然、今までの当たり前の世界が一変する恐ろしさ。
12年という年月はあまりにも長い。

生まれながらの奴隷である他の黒人達とは違い「自由を知っている黒人」であるソロモンはどこか孤独だ。白人には物のように扱われ、黒人にも自分の身分を明かすことができない辛さ、不条理さ。

 

首を吊られたままなんとか足をつけて生き延びるシーンなどは長回しで、気の遠くなるような時間の一端を観ている側も感じ取ることができる。

 

不条理と言えば、フランツ・カフカの「変身」であろう。

 

変身 (新潮文庫)

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 ある日突然醜悪な巨大な虫になって、愛する家族にすら忌み嫌われて死んでしまう。

 ユダヤ人であったカフカの生い立ちが不条理文学を生んだとも言われているから、この世で人間に最も絶望を与える不条理とは「人種差別」なのかもしれない。

 

ソロモンは最終的に奴隷から解放され北部に帰還することができたが、他の黒人、しかも自分を多少なりとも好いてくれていた女性を残していくシーンは後味の悪さが残るものであった(しかし首を吊られた時だれも助けに来なかったのだからおあいこかもしれない。)

 

結局ソロモンが善人だったかというと悪人ではないだろうが、英雄などではなくただ這いずり回って生き延びたという「正しい」人間の映画であった。

 

最後に言うなれば、人間は誰しも不条理を抱え生きていくものだが、そんな人生の場面に直面した時、部屋に閉じこもって自らを哀れんで死んでいくのか、

 這いつくばって生きようともがき苦しむのかは自分の問題だということだ。